Friday, November 27, 2015

文学

高校のとき、デュマの小説「モンテ・クリスト伯」の英訳を読んでいたら、ドイツ語もフランス語もできる自分の伯父が「元のフランス語では素敵な本だよ」と言いました。

それを聞いて、世界文学を読むには、世界の言葉も全部学ばないといけないんだろうかと思いました。

大学のころ、小説コースをとって、シンクレア・ルイスの「本町通り」を読んで、初めてこの作家を知りました。大学で忙しいから興味があっても、ルイスの後の小説を読まなくて、大学院に入って、もうちょっと暇になって、少しづつ読み続けめました。それで、学校が全部終わってから、残りを読んでしまいました。こうしたら、一生の趣味が生まれました。

としていると、日本語も勉強していた私があのときの話を思い出して、ルイスの和訳はどんな感じだろうかと考えるようになりました。ルイスの好きなところ、ユーモア、皮肉などが一番訳しにくいんだろうと考えながら小説の和訳を集めるようにしました。

その話だって面白い点もあります。1912年から1951年まで出版されたルイスの小説は大体的に手に入るとしたら、古本しかなかったのです。それで、アメリカに居る私が、インターネットで探せても送ってもらえない状態でしたが、古本屋さんが親切な者ばっかりで、いつもどうにかなりました。来日の直前までとっておいてもらって、居そうなときにヒルトン東京に送ってもらったり、とっておいてもらって、日本に居るときに本屋さんの近くの地下鉄駅で会ったり、知り合いのところに送ってもらったりして、色々と集めました。

集めたものの中に、アロウスミスの生涯があって、この本は戦争中に( 東華堂, 1942.10-1943.7)出版されました。前にこの訳の評価をシンくレアルイスソサエティのニュースレターで発表しました(Fall 2004 (13.1))が、翻訳されたときの日本語があまりにも古いから、最近、現代的な日本語で書き直し始めました。

もちろん外人としては、和文の文学を書くつもりではなくて、昔の字を現代の字に書き替えて、ところどころ最近使われていない単語を最近のものと替えたりするぐらいだったら、自分だってできるはずだと思いまして、始めました。

が、そうはいかにようです。上手な訳だからこそ書き直す意味があると今も考えていますが、やっぱり訳のミスが割りとあります。これも興味深いところですね。普通は、訳者というのが、母国語向けに訳します。その方が綺麗な言葉がかけますが、その代わり、上手な訳者でも、元の言葉を読んで、微妙なところをミスしたりすることもあります。

と考えると、英語の上手な日本人と日本語の上手なアメリカ人とが一緒に訳すればかなりミスもなしに、上手に訳できるでしょうけれど、倍に手もかかりますし、特に戦争中にはできるはずのなかったことです。

とにかく、私はこの本を次世代に読みやすくて、正しく訳されたままで残したいと思っています。そのために元訳のミスをなるべく直すようにするために、あるところはやっぱり和文の文学を作ろうとしていることになっちゃいましたが、終わったとき、日本人の編集者に自分のミスを直してまらえたらと思っています。その前にも、このブログで尋ねたりしますから、助けてくださいね。

ところで、英語ででもこのことについてブログをやっています。

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